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2019/05/07

人はなぜ気象に興味があるわけでも無いのに天気の話をするのか?


タイトルを見てすぐに答えがわかった人にはあまり意味がない話であろう。

こんな疑問を感じることも無く、普通に天気の話をしている、という人にもおそらく意味がない話であろう。

天気の話というのはどういうことか。
例えば「2018年7月23日、埼玉県熊谷市で、最高気温が摂氏41.1度を記録。それまでの記録であった、2013年8月12日に高知県四万十市で記録された41度を上回り、観測史上最高気温となった。」
等という話ではない。

ふとした瞬間にそれほど仲の深まっていない知人や、場合によっては仲の良い友人の間でも時に交わされる、
A:「今日暑いよねー!」
B:「そうだね。なんでこんなに暑いんだか。」
A:「まいっちゃうよなー。」
というたぐいの会話のことである(以下この類の会話の事を「天気の話」と表記しよう。)。

本項はこういった会話に

  • 意義が見いだせない
  • 天気(気象)に格別の興味があるわけでも無いのに、なぜいちいち天気の話をするのかわからない
等というような、疑問を感じてしまう、残念なコミュニケーションに障害を持った方への、大げさに言えば光を示す事ができるかもしれない。




いささか失礼な出だしだったかもしれないが、筆者は実は「天気の話」に前述の様な疑問を抱いてしまう残念な人間の一人である。
「一人であった」と過去形で言いたいが、まだまだそうも行きそうもない人生だ。

こんな人がほかに居るのかどうかは分からないが、私は甚だ疑問であったのだ。

  • なぜ大して交流もないお前と天気の話をする必要があるのか?
  • もっと意味のある話はないのか?
  • 何度も同じような天気の話をして飽きないのか?無駄ではないのか?
  • っていうかそんなに気象情報に興味があるの?
等々とあげればキリがない疑問を抱えて生きていた。
そしてそんなくだらない「天気の話」をしてくる人々を鬱陶しく思い、邪険にすらしていた。
こんな疑問を持つことのない人もいることは今は分かっている。そういう人からすれば、こんな疑問を持つ私の様な人間の方が不思議な存在であろうことも想像がつくくらいにはなった。

さて、ここまで読み進めた方はきっと前述の疑問達に明確な答えが思いつかない、ちょっと残念な人であろう。
そもそもこんな疑問に共感できない人は、ここまで読み進める前に読むのを辞めているだろうから除外する。

そんなあなたは、幸福なことに私と同じコミュ障である。
自覚がなかったとしたら、まずはこの事実を自覚される事をお勧めする。


さて結論を申してしまえば、
ほかの人があなたに天気の話をしてくる理由は、あなたと仲良くなりたいと思っていますよ、という意思表示である。


コミュ障のあなたにはまだわからないと思われる。
(ここで「あぁなるほど」となった方は恐らく私より軽症のコミュ障であろう。)

仮にエレベータで知人(会社の同僚やクラスメート程度でよい)と二人きり、1Fから20Fまで1分程度、一緒に移動する場面を想像。
コミュ障のあなたは当然何も喋らない。相手とあなたはずっと無言でいるわけだ。ひょっとしたコミュ障であっても礼儀だけは叩き込まれていれば、会釈くらいはするかもしれない。
であればまぁまだマシだが、本当にずっと無言でいた場合あなたはどう感じるだろうか。

・・・うん、恐らくコミュ障のあなた(我々)はどうということは無い。。。
しかし会釈もなし(顔と名前程度は一致している知人なのに!)、というのはさすがのあなたでも、少し気まずさを覚えるのではないだろうか。
私は覚える。
もしそれでも、強がりではなく、本当に何の気まずさも覚えないという方がいたら、おめでとう、あなたは私より重症のコミュ障だ。

そういう場合「ほかの人はそのようなシチュエーションでは気まずさを覚えるものだ」と暗記するしかないかもしれない。
とりあえず暗記しよう。

さて、その気まずさを解消するために必要となるのが会話である。
挨拶はもちろん大事な会話の第一歩であるが、それだけでは会話は続かない。
基本的には言って終わりなのが挨拶だ。
(この辺りはHow are you?というような英語になると少し事情が違うかもしれないが、日本語では言って終わりの「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」は挨拶として使っても返答を期待する「最近どう?」はあまり挨拶とはみなされないだろう。)

つまり、挨拶だけでは1分間の気まずさからは解放され得ないのである。
そこであなたと二人っきりになった相手は、あなたと気まずい時間を過ごさない方法を模索する。それが天気の話なのだ。

ではなぜ野球でも学問でもゲームでもあなたの趣味でも政治でも宗教でも哲学でもなく、天気の話なのか?
  • あなたの大好きな○○の話ではないのか?→そんなものまだ相手は知らない。
  • 誰でも知っていそうなニュースの話ではないのか?→あなたがどんな人かわからない以上、内容によってはあなたの地雷を踏むかもしれない。
  • なぜ政治の話ではないのか?→内容によってはあなたの地雷を踏むかもしれない。
  • なぜ宗教や無神論や哲学の話ではないのか?→内容によってはあなたの地雷を踏むかもしれない。
ほかにもいろいろ考えられるが、要するに相手にとっても実はそれほど選択肢がないのだ。
(もしこの相手に腹を立てたとしたら、あなたにはこの時点では天気の話という選択肢すら無かった事は忘れないでほしい。)

しかし相手は貴方を無視したくない。
出来れば良好な関係を築きたいと(我々の様なコミュ障ではない)普通の人々は大体思っているものなのだ。

だから、あたりさわりのない天気の話が有効な会話の糸口になる。

なぜなら、
  • 普通そうそう、暑いですね、寒いですね、等といわれて怒り出す奴はいない。
  • その後の会話が続いたとしても地雷を踏む可能性も低い。
  • 野球やサッカーの様な話と違って、いかにコミュ障な貴方といえど、あなたが天気と無縁である可能性は(引きこもらず相手である普通の人と顔見知りである以上は)限りなく低い。
からである。

さてそろそろわかっていただけたと思う。
つまり、あなたに天気の話をする人は、何も天気、気象が好きなわけではなくあなたと気まずい時を過ごしたくない。言い換えるならあなたと仲良くなりたい人なのである。
そう、私はそんなありがたい人に、この事実を知るまでそっけない態度をとっていたのだ。なんという不覚。友達が少なかったり孤独だったり孤立しがちだったりしたのは、社会の普通な人々から見れば、周りのせいではなく、自ら望んでいたということである。

まぁ別に孤独は嫌いではないので構わないが、多くの人が社会でそれなりに働いて所得を得ていかないといけない前提に立てば、ある程度は人づきあいも出来ないと困ることになる。
そんな困難を自分で招いていたとは、正直知らなかった。

しかしまぁ一方で仕方ない側面もある。何せ私(我々)はコミュ障である。
「そんなこと教えてもらってないからわからない」のだ。

私は30歳を上回るころになってやっとこのことを教えてもらえる人と出会えたが、少しでも早く、私と同じようなコミュ障のあなたが、このことを学べればと思い、本稿を恥を忍んで記した次第である。

さぁ次からは、誰かが
「今日暑いですね」等と言ってきたら、そっけない態度や不審な顔などせず、(無理に気持ち悪い笑顔を作る必要もないが、少なくとも)普通の顔で「そうですね、暑いですね、汗びっしょりで困っちゃいますよー」などと返してみよう。
もちろんそれで急に会話が弾むほど、我々コミュ障の人生は簡単ではないが、きっと円滑な人間関係の構築のための、最初の小さな一歩は踏み出せるはずである。

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